インタビュー

HIRAKUのその後。 Vol.01 鈴木のぞみさん

10/23 2024

HIRAKU Projectは美術の表現とポーラ美術館の可能性を「ひらく」ため、ポーラ美術振興財団の助成を受けた作家を紹介する展覧会のシリーズです。その第16回目として、2024年6月8日から12月1日まで鈴木のぞみさんの「The Mirror, the Window, and the Telescope」展を開催。写真の原理を用いて、身近な日用品や古い家屋に潜む記憶や光の痕跡を可視化し、オブジェとイメージによってインスタレーションを生み出す鈴木さんにお話を伺いました。

 

text: Kaori Komatsu

photo: Akira Kitaoka

編集部

鈴木さんは2019年から2020年にかけて、ポーラ美術振興財団の在外助成としてイギリスに滞在されました。どんな経験になりましたか?

鈴木

イギリスのロンドンと北アイルランドのベルファストを拠点にヨーロッパの各地を巡る中で、アンティークマーケットや古道具屋、美術館や博物館など、さまざまな場所を訪れました。日本にいた頃は家屋に固定された窓から見えていた風景や、持ち主の姿を鏡に焼き付けるような作品を主に制作していたのですが、在外研修の経験から、ガラス越しに見る/見られるという関係性についてより深く考えるようになりました。それまで、私は来歴がわからないものは作品にできないと思っていたのですが、ヨーロッパで見かけたガラスがはめられた事物を作品にしてみたいと考えるようになりました。その最初の作品が、今回のHIRAKU Projectの個展「The Mirror, the Window, and the Telescope」(2024年)に展示されているイギリス製の舷窓(※1)の作品《The Rings of Saturn:舷窓―アイリッシュ海》です。舷窓は窓ではあるけれど船自体が移動をするので、ここから何が見えていたのか推測する余地があると考えました。この舷窓が使われていた国や時代、用途を踏まえて「こういったものが見えていたのではないか」と想像した光景を舷窓に焼き付ける方法で制作したのですが、それは自分の中では大きな変化でした。

※1 船の腹部にある小さな窓

《The Rings of Saturn:舷窓―アイリッシュ海》2020年

イギリス製の舷窓、写真乳剤 北川正人蔵

Photo: Ken Kato

編集部

「The Mirror, the Window, and the Telescope」展の方向性はどのように決まっていったのですか?

鈴木

当初はイギリス滞在をきっかけに制作を始めた、近代の歴史に関わる光学機器を支持体にしてそこから見られていた対象物のイメージを定着した《The Rings of Saturn》というシリーズを中心に、現在までの変化を見せる方向で考えていました。けれど、私の初期の作品から見てくださっている学芸員の山塙菜未さんから、私自身の視点や思考の変化も感じられるような展示構成のご提案をいただいたんです。最初に制作した窓の作品《窓の記憶:関井邸2階東の小窓》は現在お世話になっているギャラリーのオーナーが買ってくださり、長らく個人蔵になっていたので、最近は展示する機会がありませんでした。今回はポーラ美術館での個展ということで、他の作品も含めて個人蔵の作品をお借りすることができました。自分の手を離れていた思い入れのある作品を集めて新作と交えた、小さな回顧展のような展示ができたのは嬉しかったです。

《窓の記憶:関井邸2階東の小窓》2012年

外されていた窓、写真乳剤 個人蔵

Photo: Ken Kato

編集部

実際の展示を見て、どんなことを思いましたか?

鈴木

空間の構成に色々とチャレンジをさせてくださる場であることがありがたかったです。今回の展示では、展示スペースであるアトリウム ギャラリーの奥に建てた壁と手前に建てた外側の壁を淡いブルーグレーにしていただいたのですが、壁自体の色を変えて展示するのは初めてで新鮮でした。もともと、アトリウム ギャラリーは完全に閉ざされたホワイトキューブのような空間ではないので、外側の開かれた空間と、部屋のように奥まった空間と両方あることは展示を考える上で面白かったところです。望遠鏡の作品《The Rings of Saturn:望遠鏡―グリニッジ天文台の報時球》(2020年、個人蔵)は窓の外に向けて展示されているけれど、実際に望遠鏡を覗くと外の風景が見えるわけではないというギャップを生みたかったので、思い切ってギャラリーの外側のロビー空間を活用することにしました。また、ギャラリーの内側は全体を見渡せる空間ではありますが、ひとめで物とイメージの関係が理解できる作品だけでなく、寄ったり覗いたりしながら見ていただく小さな作品もあり、作品と鑑賞者の距離感にいろいろなバリエーションがある構成にできたのも良かったです。古い視覚装置や道具が使われていた時代の雰囲気を伝えるために、今回はアンティークの家具も展示台として取り入れました。窓や舷窓の作品があるので、そういった家具と白い展示台が混在することでどう調和を取るか、試行錯誤を重ねました。

展示風景:HIRAKU Project Vol. 16 鈴木のぞみ「The Mirror, the Window, and the Telescope」、ポーラ美術館、2024年

Photo: Ken Kato

編集部

HIRAKU Projectに参加されたことで鈴木さんご自身の中で何か「ひらかれた」と感じたことはありますか?

鈴木

ポーラ美術館は観光地としても人気な場所であることから、美術関係者だけではなく、普段は現代美術にふれない方や、初めて美術館を訪れる方たちにもご覧いただく機会になっている実感があります。また、最近の制作ではイギリスに始まり、フランスやアメリカなどの光学機器を使った制作が中心でしたが、これからは日本の光学機器を使った作品制作も継続していきたいと思っています。日本製のものをリサーチして作品を制作し、日本で発表することで得られる土着的な意味や鑑賞者と作品の親密さなど、見る人と作品の関係性を大切にしていきたいと、HIRAKU Projectに参加したことで改めて実感しました。西欧のモティーフを用いた《The Rings of Saturn》シリーズを継続・拡張していく上でも、同時代の江戸から明治時代の日本に起きた視覚の革命を、当時の人たちがどのように受けとめていたのか、作品制作を通して向き合っていきたいです。10月5日から開催される「Tokyo Dialogue 2024」という屋外写真展では、江戸時代のメガネや本、鏡などをモチーフにした作品を展示します。当時の日本ではオランダ語の書物を通じて「蘭学」、ひいては西洋の学術が受容されていたこと、会場となる京橋は、江戸時代に青物市場や京橋川があったという地理的・歴史的な背景などをリサーチして制作しています。手鏡の作品では、当時の女性が髪を結ったり白粉(おしろい)を塗ったりするのに使っていた鏡だろうと想像し、日本髪で和装の女性のうなじのイメージを焼き付けました。いずれ、お歯黒をしている女性の顔を焼き付けた作品も作ってみたいと思っています。お歯黒は五倍子(ふしこ)によるタンニン鉄を使って歯に黒い色素を定着させるので、没食子酸鉄を用いた初期の写真の原理とも相通じるところがあります。特に近代の女性の装いについては、ポーラ美術館でもこれまでに展示や研究がなされてきた分野でもあり、参考にさせてもらっている資料などもあります。事物についてリサーチをする上で、専門的な研究機関や美術館・博物館の知見は不可欠なので、そういった関心や可能性の部分でも「ひらいて」くださっていると思います。

編集部

鈴木さんには展示期間中に、ポーラ美術館が毎年夏に開催しているプログラム「キッズ☆おしゃべり鑑賞会&ワークショップ」にも講師として参加していただきました。出展作家の方が本プログラムに参加するのは初めてだったそうですが、どんな体験になりましたか?

鈴木

これまで私が講師をしたワークショップは大人の参加者の方がほとんどだったので、お子さんだけのワークショップはとても貴重な経験でした。おしゃべり鑑賞会では、お子さんにもわかってもらえるように自作の説明をする機会がこれまでなかったので、説明しすぎないことを意識しつつも、子どもたちに大事なことは伝えたいと考えました。その結果、自分から咄嗟に出てきた言葉が作品のコンセプトや技法の説明というよりも、みんなが普段当たり前のように感じていることも、実は当たり前ではなかったりするんだよという、普遍的とみなされている物事に対して疑問を促すような言葉だったことが新鮮でした。ワークショップは思い出の写真などを使ってオリジナルのフォトフレームを作るという内容だったのですが、おしゃべり鑑賞会で行われていた異なる作品の色や形、描かれているものから関連性を見出すような経験がその後のワークショップの中でさっそく活かされていて、子どもたちの柔軟な創造性から刺激を受けました。

鈴木のぞみ(すずき・のぞみ)

1983年、埼玉県生まれ。埼玉県在住。2007年、東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業。2015年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。2022年、同大学院博士後期課程修了。2016年、「VOCA展2016 現代美術の展望―新しい平面の作家たち」(上野の森美術館)VOCA奨励賞受賞。2018年度ポーラ美術振興財団在外研修員(イギリス)。近年の主な個展に、「Words of Light(光の言葉)」第一生命ギャラリー(東京、2024年)、「The Rings of Saturn / Mirror with a Memory」rin art association(群馬、2021年)など。主なグループ展に、「セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見」東京都写真美術館(2023年)、「潜在景色」アーツ前橋(群馬、2022年)、「無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol.14」東京都写真美術館(2017年)、「NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体」埼玉県立近代美術館(2016年)などがある。作品は東京都写真美術館、アーツ前橋、ガトーフェスタ ハラダなどに収蔵されている。

編集後記

鈴木のぞみさんの作品を初めて見たとき、「時間旅行」という言葉が頭に浮かびました。ほんの指先ほどの小さな作品にも無限の時間が内包されていて、目の前の鏡や窓、望遠鏡を覗いてみると、まるで過去の光景や当時の歴史が温度をもって立ち現れてくるかのよう!わたし自身、古着や古本、アンティーク家具などの“古いもの愛好家”。鈴木さんのHIRAKU Project以来、休日に古物商店めぐりをしていても、目にしたオブジェからどんどん想像が広がっていくようになりました。作家が「像」として焼き付けたレイヤーは、まだ見ぬ世界につながる扉のような存在かもしれません。その向こうには、国や時間の制約を飛び越えた、新たなものの見方がひらかれています。(ポーラ美術館 広報担当 稲見)