“HIRAKU Project”ってなんだろう?
HIRAKU Projectは、美術の表現と美術館の可能性を「ひらく」ため、ポーラ美術振興財団の作家助成事業のひとつ、「若手芸術家の在外研修助成」を受けた作家の活動を紹介する展覧会のシリーズです。館内1Fのアトリウム ギャラリーを会場に開催されてきたHIRAKU Projectについて、学芸員の山塙菜未さんに伺いました。
text: Kaori Komatsu
photo: Akira Kitaoka
山塙菜未(やまばな・なみ)
ポーラ美術館学芸員。東京芸術大学大学院芸術学専攻修士課程修了。専門は日本近代美術史。これまでのHIRAKU ProjectではVol.5 平野薫「記憶と歴史」(2018年)、Vol. 8 佐藤翠「Diaphanous petals」(2019-2020年)、Vol.16 鈴木のぞみ「The Mirror, the Window, and the Telescope」(2024年)を担当。おもな企画展に「モダン美人誕生―岡田三郎助と近代のよそおい」(2018年)、「Connections―海を越える憧れ、日本とフランスの150年」(2020年)、「モダン・タイムス・イン・パリ 1925―機械時代のアートとデザイン」(2023-2024年)。
HIRAKU Projectはポーラ美術館開館15周年にあたる2017年にスタートしました。どんな経緯があったのでしょうか?
ポーラ美術館では2002年の開館以来、おもにモネ、ルノワールやピカソ、また日本の洋画や日本画など、コレクションの核となる近代絵画をテーマにした企画展を開催し続けてきましたが、15周年を迎えた頃、現代の表現にまで幅を広げて、現存する作家が生み出した表現を紹介する場を作っていこうという動きがありました。
ポーラ美術館の母体であるポーラ美術振興財団は、1996年から若手作家の海外研修を経済的にサポートする「若手芸術家の在外研修助成」を継続して行なっており、ペインティングで有名な村瀬恭子さん、ミュージシャンとしても活躍されている蓮沼執太さん、さらには田中功起さん、野口里佳さん、丸山直文さん、さわひらきさんといった、現代美術に通じている人であれば、一度は名前を聞いたことがある方たちがこの助成を受けています。そういった背景があるので、これまで助成を受けた作家の方たちを紹介していくことは、ポーラ美術館らしい形で現代美術を紹介する取り組みになるのではないかという話になり、HIRAKU Projectがスタートしました。
HIRAKU Projectという名称は山塙さんが発案したそうですが、どんな思いを込めたのでしょうか?
英語やフランス語のかしこまったものより、シンプルでやわらかい響きの日本語を使った名称は親しみやすく、かつ時流に合っているのではないかと感じました。いろいろと考えた結果、「ひらく」という言葉には「作家の可能性をひらく」という意味と同時に、「これまで主に近代美術を扱ってきたポーラ美術館の新しい可能性をひらく」という意味も込められると思いました。
また、当館は現代美術にあまり触れたことのない方たちが、初めて美術と出あう機会を提供する場でもあるので、「観る人の感性をひらく」という意味もあります。HIRAKU Projectの展示を行っているアトリウム ギャラリーは受付と同じ階にあるので、「美術館を訪れるすべての人に対してひらかれたプロジェクト」という意味もあります。シンプルだからこそ、さまざまな要素に接続できる言葉だと思い、HIRAKU Projectという名前を提案したんです。
これまで絵画、写真、映像、空間全体を使ったインスタレーションなど、多様なジャンルの展示が行われていますが、展示する作家の基準はあるのでしょうか?
学芸員それぞれの基準があると思いますが、私の場合は自分がその作家の作品や展示を実際に、できれば何度も観ていることを大事にしています。今の時代、ネットでも作家や作品についての情報収集はできますが、自信を持ってその作家を紹介するために、展示空間で作品がどう見えるかを理解していることが重要だと思っています。
まれにHIRAKU Projectの会期は、ポーラ美術館の企画展に合わせて決まります。現代作家の個展の会期としておよそ5ヶ月から半年というのは非常に長いので、それだけの期間、展示空間をしっかりともたせることが出来る実力のある作家であることも条件になると思います。
また、絵画や写真だけでなく、テキスタイルや手すきの紙を使った大胆なインスタレーションなど、様々な素材や表現方法の作家をとりあげることで、現代の多様な表現を紹介することに努めてきました。お客様に企画展も常設展もHIRAKU Projectもトータルで楽しんでいただきたいので、その辺りのバランスにも気を配っています。
HIRAKU Project の広がりを実感した出来事はありますか?
現代美術には空間を広く大胆に使う作品も多く、アトリウム ギャラリーをとび出して、ロビーに展示をしたいという作家もいます。建物としていろいろな制約がある中で、なるべく作家が希望する空間表現が実現できるように試みてきました。「そんなことできるのだろうか?」と思ったとしても、空間デザイナーや施工業者、施設管理の方たちと綿密に相談し、試行錯誤する中で、「そんな解決法があったのか……!」という気付きや新たな知見を得ることができます。
2018年に担当した平野薫さんの個展では、傘を綺麗にほどいていって、その傘のテキスタイルを糸の状態に戻した作品を展示しました。平野さんから、傘の糸がまるで雨のように上から降り注いでいるように見えるよう、天井の高いところに設置して垂れ下げたいという要望を受けた時には、天井に吊元がないのでどうしようかと思いましたが、柱と柱をワイヤーで結び、それを吊元にすることで展示を実現できました。回を重ねるごとに私たちの展示スキルもあがってきて、今ではアトリウム ギャラリーからロビーにとび出して展示をすることにも慣れてきました。HIRAKU Projectによってポーラ美術館の展示の可能性が広がったところはあると思います。
2023年から24年にかけて、大西康明さんの個展で薄い銅箔を使った作品をロビーに展示したときには、外光を受けて反射する素材に興味をもたれるお客様が多くいらっしゃいました。作品保全の観点では「お手を触れないで下さい」とご案内するのが原則ですが、ポーラ美術館としてはアートに興味をもってもらうことも大切にしたい。そこで館長の発案と大西さんからの許可を得て、実際に作品に使われている銅箔を見本として預かり、関心のある方には積極的に触ってもらえるようにしました。この経験は、看視スタッフのスキルアップや、お客様とのコミュニケーションを生み出すことにも繋がったので、作品の見方や楽しみ方を促すような試みは続けていきたいですね。
HIRAKU Projectによって美術館全体のポテンシャルが高くなっているのですね。
はい。HIRAKU Projectがスタートして以降、企画展でも現代の表現を取り入れる試みが生まれていき、「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」(2019年)で初めて、既存のコレクションと現代美術を組み合わせた企画展を開催しました。また、HIRAKU Projectで紹介した作家に、次は企画展で作品を発表していただくケースも増えています。
例えば、2019年に手すきの紙を用いた作品を発表している半澤友美さんをHIRAKU Projectで紹介しましたが、その後、「シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画―横山大観、杉山寧から現代の作家まで」(2023年)という大規模な企画展に参加していただきました。また、画家の佐藤翠さんも2019年から20年のHIRAKU Projectの後、「部屋のみる夢―ボナールからティルマンス、現代の作家まで」(2023年)という企画展に出品していただきました。
また、2018年にHIRAKU Projectで紹介した流麻二果さんには、今年12月から始まる企画展「カラーズ―色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」に新作を出していただく予定です。
それから、今年はラーニング・プログラムでも新たな試みがありました。毎年夏休みに開催している「キッズ☆おしゃべり鑑賞会&ワークショップ」に、同時期のHIRAKU Projectで作品をご紹介していた作家の鈴木のぞみさんにゲストとして参加してもらったのです。鈴木さんが子どもたちに作品の解説をしたり、フォトフレームを作るワークショップで講師を務めてくれたお陰で、いつもと一味違ったプログラムになりました。子どもたちにとっては、目の前の作品を作った人の話を直接聞けることが貴重な体験だったようで、とても真剣な表情で耳を傾けていた様子が印象的でした。
HIRAKU Projectを通じて作家との信頼関係を築くことができたおかげで、企画展にお声がけすると皆さんとても喜んでくださいます。我々学芸員にとっても、HIRAKU Projectで紹介させていただくことで、企画展にも参加してもらおうという発想が生まれます。HIRAKU Projectは、ポーラ美術館が現代美術を紹介する器として成長していく契機にもなっていると思います。
今後のHIRAKU Projectに関して何か考えていることはありますか?
例えばパフォーマンスアーティストであれば、展示空間よりもパフォーマンスを披露する時間が必要なケースもあります。館内をとび出して、「森の遊歩道」をはじめとしたさまざまな空間でHIRAKU Projectとしての展示やパフォーマンスができたら、と想像するとワクワクします。現代の多様な表現に柔軟に応えられるプロジェクトになっていきたいですね。