インタビュー

建築家・吉野弘さんに聞く、作家と学芸員の思いを“翻訳”する会場構成とは?

05/15 2023

2023年7月2日まで開催中の「部屋のみる夢 ― ボナールからティルマンス、現代の作家まで」展。コロナ禍において私たちの生活は大きく変化し、多くの時間を過ごすことになった「部屋」という空間について改めて考えることになりました。本展では、部屋にまつわる表現に特徴のある近代から現代までの9組の作家に光を当て、それぞれの作家ごとに「部屋」としての展示空間が設けられています。その会場構成を手掛けたのは、建築家・吉野弘さん。学芸員と作家の思いをつなぎ、展覧会を空間として構成するその仕事とは? 吉野さんに話を聞きました。

部屋を表現した作品と、部屋のある展示室

編集部

吉野さんがポーラ美術館の展覧会の会場構成を担当されるのは、2020年6月から11月にかけて開催された「モネとマティス―もうひとつの楽園」展に続いて2度目になりますね。

吉野

2020年当時は、パンデミックによる不安が広がる状況下で、作品が借りられなかったり、会期を遅らせる、もしくは開催自体できないのでは? と対応に追われ、どの美術館も頭を悩ませていました。その中で、担当学芸員だった工藤(弘二)さんと近藤(萌絵)さんと共に、「モネとマティス」展の計画を進めていました。感染予防対策を万全にしてなんとか開催に漕ぎ着けたこともあり、私にとってもひときわ思い入れのある展覧会となりました。そして3年ほどが経ち、ようやくコロナが収束の兆しを見せる中、「またご一緒しましょう」と、再びお2人に声をかけていただきました。率直にとても嬉しかったですね。

編集部

展覧会タイトルに「部屋のみる夢」と付されているように、パンデミック以降、人々が多くの時間を部屋で過ごすことになったことから、近現代の作家による部屋にまつわる表現に焦点を当てた本展ですが、コンセプトを聞いてどんなアイデアが浮かびましたか?

吉野

部屋という小さな世界にある「親密さ」という言葉が一つのキーワードになっていることや、ボナールやマティスから現代作家まで9組の出展作家のラインアップを見て、これまでの私の経験値を踏まえながら、学芸員の方がどのような展覧会を頭に描いているのか想像することから始まりました。

編集部

学芸員の方からは具体的にどんな要望があったのでしょうか。

吉野

初めに「チャレンジしてみたいことが3つあるのですが・・・」というお話がありま

した。1つ目は、決まった動線をつくらないということ。鑑賞者が受動的に決まった順路に沿って作品を見ていく展覧会ではなく、自分で進む方向を選んでいくような自由度のあるものにしたい、と。2つ目は、部屋をテーマにしているので、各作家の“部屋”としての空間が感じられる構成にしたいということ。そして3つ目は、佐藤翠+守山友一朗さんと、髙田安規子・政子さんという2組の現代作家が本展のために新作を制作するので、作家と協働しながら空間をつくってほしいということでした。

編集部

3つの要望を踏まえて、まずはどのように空間を設計していったのですか?

吉野

一番初めに鑑賞者が足を踏み入れる地下1階の展示室には、計7組の作家の作品を展示することが決まり、それぞれの部屋のボリュームを決めていきました。それを見える形として共有するため、設計図のようなものを数パターン描いて提案するんです。

編集部

(図を見て)この段階では、壁を斜めにした案や、四角い箱が整然と並んでいるものなど、いろいろな案がありますね。

吉野

これをもとに美術館の方々と「この方向性がいいかな」と、思いや考えを共有しながら詰めていく工程を繰り返していきました。先ほど触れた2組の現代作家とも話し合いを重ね、自然光の入る場所を活かしてみたいと決まったので、その2部屋の位置を核に他の作家の配置を考えました。大まかなイメージが固まると、今度はパース(立体的な完成予想図)に起こしていきます。動線をつくらないとはいえ、右回りで進んだとき、左回りで進んだ場合、戻ってこられる道はあるか……と幾通りも想定して、鑑賞者が迷子になってしまわないように“仮想の動線”を考えます。

編集部

本展では、作品のすぐ隣にキャプション(作品解説)を設置せず、一定のところに説明書きがまとめられているのも特徴ですよね。作品を見るときにタイトルや説明文に引っ張られてしまうことも多いので、動線を設けずに自由な見方を提案する美術館の思想にも通じることなのかなと思いました。ただ、自由に見るのは楽しいものですが、通路で渋滞が起きてしまったり、進む方向ばかりに気を取られてしまったりすると本末転倒ですものね。

吉野

そうですね。さらに、展示室では看視についても考慮しなくてはなりません。看視員の死角ができないような会場のつくりにするということですね。

編集部

部屋の壁がたくさんあるので死角も増えてしまいそうです。どのように解決したのでしょうか。

吉野

今回の展示デザインの大きな要素に窓のモチーフがあります。これは、絵の中に描かれた部屋の世界観と展示室を呼応させるということも大きいのですが、さらに、隣の部屋から見ると、鑑賞者が作品の世界の演者となるというような効果も意図しました。また、隣の部屋の作品が見えることで、鑑賞者が「あれはさっき見た作品だな」と、自分が今いる場所を感覚的に把握できるようにもしています。それらと同時に、看視上の死角を軽減できるように窓の大きさや位置を決めていきました。

窓と壁と空間の緩やかなつながり

編集部

まず展示室に入ると、本展を象徴する作品の一つでもある、窓辺で頬杖をつく女性を描いたマティスの室内画《窓辺の婦人》が掛けられていて、その絵の隣の壁には、先ほど吉野さんがおっしゃった“窓”が設けられています。多くを語らずして、この2つの要素が本展の導入になっているのだと感じました。

吉野

当初、私はここには作品を展示しない想定でいましたが、最後のタイミングで、学芸員さんがこの作品を置きたい、と提案してくださったんです。実際に作品が置かれたとき、この展覧会の構成がすべて決まったように思いました。そこから会場を右回りに巡るとすれば、マティスの室内画、女性画家のベルト・モリゾのバルコニーなど半屋外の風景を描いた作品の空間、次にエドゥアール・ヴュイヤールの室内画、ボナールの庭や森を描いた絵画……と、室内と屋外が交互に構成されています。そして、近代と現代の作家、女性と男性作家と、縦糸横糸のように重層的な鑑賞体験を編み込んでいます。

編集部

そのように思いを巡らせて歩いていると、ふと、ヴィルヘルム・ハマスホイの《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》という絵画に出合いますよね。その壁の隣にはやはり窓が設けられいて、鑑賞者はここで、この絵の中に描かれた窓に着想を得て、壁にある窓がデザインされたのではないかと気づくのではないでしょうか。

吉野

ハマスホイの《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》は、ポーラ美術館が収蔵する作品の中でもとりわけ人気が高いそうですね。個人的にも好きな作品で、この絵に描かれている窓や、作品の静謐な世界観をデザインしながら無意識に考えていたように感じます。そう考えますと、ハマスホイの部屋に来ると、作品と展示空間のつながりをより感じてもらえるかもしれません。ぜひ注目していただきたい見どころの一つでもあります。

Photo: © Ken KATO

編集部

空間構成において、大変だった点はどのようなことが挙げられますか?

吉野

作家の数だけ部屋をつくると、どうしても閉鎖性の高い展示空間になってしまうなぁと考えました。そのぶん壁の量も増えるということです。すると、どうしても閉塞感が生まれてしまう。そこで、それぞれの部屋の空間性を保持しながらも、全体を緩やかに紡ぎ、一つのハーモニーを生み出すような構成を目指しました。一定の統一感を保ちながら、個々の壁の高さを変えたり、壁面に色を入れてみたりと工夫を凝らしています。

編集部

部屋によって照明も少しずつ違って見えました。

吉野

ええ。例えば、ヴュイヤールの絵画には、重厚な色彩で室内の風景が描かれているので、その雰囲気に合うよう暗めの照明を。ボナールの部屋では、屋外から室内にといった場面展開に沿うように、光のあり方を変えています。一つの展覧会ですが、多様な風景がつながっていくような空間になっていると思います。

生きたエネルギーを受けて、構成も変化する

編集部

現代作家と協働したという空間について、特に印象に残っていることを教えてください。

吉野

やはり、生きている作家のエネルギーというものを目の当たりにしたことですね。佐藤翠+守山友一朗さんと髙田安規子・政子さんとどんな空間にしたいかと話し合っているうちに、最初は私も学芸員さんもそこまで意識していなかったと思うのですが、この2組の作家が本展を構成する核になっていった感覚があります。打合せの度に、2組の展示スペースがどんどん大きくなっていって、ハラハラしたこともありますが……(笑)。結果として、2組ともに美術館の窓をうまく活かし、それぞれの感性で、部屋に差し込む自然光や外の景色を作品の世界観とつなげています。「生きている」ということに強度を持たせる部屋ができたのではないかと思います。

編集部

ボナールの部屋で作品を見ていると、光のある空間へとつながっていることに気づき、そこが佐藤翠+守山友一朗さんの作品がある部屋になっていますね。明るい色彩の絵画ということもあり、視界が開けたような印象を持ちました。

吉野

最初はその境界を閉じて、独立性を高めていたのですが、佐藤さん守山さんと話しながら、おふたりのボナールやマティスに対する思いを共有していく中で、積極的に空間をつないでいく構成へと変化していきました。また、ボナールが日本から受けた影響を再解釈した屏風の作品や、おふたりが協働して描いた大きなカンヴァスの《Rose Room》など、近代が過去の点ではなく、現代とシームレスに繋がっていることを強く感じさられました。

Photo: © Ken KATO

編集部

髙田安規子・政子さんの部屋には、壁に無数のミニチュアの窓が配置されていて、窓越しに実際に外の景色が見えるのが面白いです。

吉野

おふたりのことは、面白い作品をつくられる作家として注目していました。特に彫刻を専攻されていたことも影響しているのでしょうか、作品と空間を一体に考えて制作をされている印象でしたので、まずは展示スペースに入る光や窓から見える風景の移り変わりのシミュレーションを作成し、おふたりに見てもらうことから始めました。そこからたくさんのやり取りを繰り返し、出来上がった窓の作品には、朝から夕方へと変化していく光や、雪景色から新緑へと移り変わる風景が、見事に取り込まれています。外出の出来ない時期を経て、美術館で直に作品と対峙するという貴重さと、感じるという感覚の大切さについて改めて考えさせられる作品です。

髙田安規子・政子《Inside-out/Outside-in》(部分) 2023年

Photo: © Ken KATO

編集部

地下2階の展示室には、ヴォルフガング・ティルマンスと草間彌生の2つの部屋があります。このフロアの構成についてもお聞きしたいです。

吉野

この2作家の部屋の構成はシンプルを心がけました。作品リストを見せていただいた時点で、ものすごいエネルギーの空間になると思いましたので。まず初めに、草間彌生さんの《ベッド、水玉強迫》を最後の部屋の真ん中に置くことが決まりました。ティルマンスは、とても繊細で作家自身の内面を見せるような作品が選ばれているので、自然光が入らない部屋で、個々の作品と静かに対峙できるような設えにしています。この辺りは学芸員さんも相当考えられていました。結果的に、向かい側に常設展示されているゲルハルト・リヒターの展示室とも、緩やかなつながりを見いだせていいな、と思っています。

本展タイトルの「部屋のみる夢」の「夢」は、英語のタイトルに「vision」とあるように、これからの未来に向けた「希望」という想いを込めてつけられています。ところが、最後の部屋に草間さんのベッドの作品があることで、眠りの中でみる「夢」も想起され、自分たちの日常に置き換えられるという含意があるところが面白いですね。

Photo: © Ken KATO

Photo: © Ken KATO

建築家として、それぞれの思いを空間へ“翻訳”

編集部

最後に、吉野さんは建築家として、展覧会の会場構成を手掛ける上で、どのような役割を担っていると考えていらっしゃるか教えてください。

吉野

私が展覧会の仕事をやるようになったのは、磯崎新アトリエに勤めていた頃に遡ります。当時、美術館の建築設計と同時に、その内部で行われる展覧会の会場構成を手掛ける機会がありました。さまざまな美術館に訪れる中で、建築家の想定と、美術館・作家達がこう使いたいと思う空間のあり方が全く違うと感じることも少なくありませんでした。この時の経験から、建築家がキュレーションや作品のことをきちんと理解したうえで、建築の持つポテンシャルを最大限に引き出し、展示空間をデザインすることができれば、理想的な展覧会ができると考えるようになりました。その意味では、美術館や学芸員、作家さんの想いを受け止め、自分の中の見立てを通して、空間へと翻訳する“翻訳者”のような役割が大きいと考えています。

吉野弘(よしの・ひろし)

1970年生まれ。宮川憲司建築事務所勤務を経て、ヨーロッパ、アフリカ、アジア15カ国を旅し、2002年に磯崎新アトリエ入社。シニアアーキテクトとして国内外のプロジェクトに携わる。2011年、吉野弘建築設計事務所設立。人々が暮らす社会と文化に注目し、建築・空間の設計をはじめ、展覧会の構成、アートディレクション、都市環境のリサーチなど、多角的に環境と建築のあり方を創造・提案し続けている。2021年から東北大学大学院の後期博士課程に在籍し、美術空間の研究を行う。

http://yoshino-ao.com