この肖像画には、書斎あるいはサロンで椅子に座る、夏のドレスを着た10代の少女が描かれている。少女の背筋を伸ばした姿勢と固い表情は、大人びた雰囲気を醸し出しているが、広い額と丸い顔が、わずかに幼さを残している。ボナールは、絵画を本格的に制作し始めた1890年代から、食卓のまわりや庭で憩う子どもを好んで主題に選び、室内画と風景画に登場させた。ボナールの絵画のなかで、子どもたちの姿は構図の中心から外されて描かれるのが常であり、子どもを正面からとらえた肖像画は稀である。 本作品が制作された1940年、戦争により画家の生活が一変し、描く対象にも変化が生じた。ボナールはこの年から、戦火を避けて南仏の小村ル・カネの別荘「ル・ボスケ」にこもり、不安に満ちた暮らしを送っている。それまでときおり制作していた女性の肖像画は、1940年代にはほとんど見られなくなり、かわりに孤独と悲壮感を湛えた自画像を手がけるようになっていた。 本作品には、画家が晩年に到達した肖像画のスタイルがみられる。肩や腕の線を大胆にデフォルメし、人物像を背景とともに柔らかな線で表わし、全体の調和に心を砕いている。また彼女の顔の細部は、橙色と青色で調節される一方で、それらふたつの色彩の斑紋は、壁紙や少女の背にあるクッションなど画面全体に点在しており、人物像と周囲の色彩が反映しあう、「色彩の相互照応(コレスポンダンス)」ともいうべき効果が発揮されている。