ピサロが1884年から移り住んだ村、エラニー=シュル=エプトの風景が、細かな点描と補色を利用した新印象主義の技法で描かれている。1885年にピサロは、デュラン=リュエル画廊でスーラと知り合い、彼の科学的で理論的な点描技法に注目し、自らも取り組んだ。1886年の第8回印象派展には、ピサロの強い推薦によってスーラやシニャックらの作品が展示されたが、ピサロも本作品をはじめとする点描技法による絵画を同展覧会に出品した。しかし、アトリエで長時間制作しなければならない点描法はピサロの制作法に合わず、まもなくこの描法から離れてゆく。(『モネと画家たちの旅』図録、2007)