岡鹿之助は花の大作に「献花」というタイトルをつけている。それぞれの花の絵画は、岡の知る個人に捧げられているという。本作品は、「献花」と名付けられた作品中もっとも多い20種近い植物が一堂に集められている。アネモネ、ひなげし、チューリップ、パンジー、ユリ科の花や、赤い斑紋のあるカラジウムの葉など、いくつもの色彩を兼ね備える植物を選んで、どっしりとした量感の、しかしながら夢見るような軽やかさの花が隙間なく並べられ、燦然と輝く色彩の花束を形作っている。中央にひときわ大きく赤い花弁を広げるアネモネの花は、岡が60年代初頭に好んで描いた花である。そして霞がかったように暖かい色彩で塗り重ねられた背景には、岡が参照したルドンの影響が見られる。岡はルドンが花の絵画の制作に打ち込んだ理由について、「花は人間の表情よりも陰翳にとみ、処女よりも謎の多い魅力をたたえているし、だいいち、その弱々しさのゆえにルドンを夢にさそった」(岡鹿之助「ルドンの色」『みづゑ』1955年3月号、『岡鹿之助文集 フランスへの献花』1982年再録、31頁)と洞察している。この言葉は、花の絵画に魅せられた岡自身の心境でもあろう。
あたたかな色彩で、柔らかな花弁を撫でるように描いた岡の花の絵画は、はかない自然を慈しむ心に溢れている。本作品は、岡の大切なモデルをつとめた草花の集団肖像画ともいえよう。
(『アンリ・ルソー:パリの空の下で』図録、2010年)