ノルマンディーのドーヴィルは、かつて海を見下ろす小さな丘モン・カジニーにある小さな村で、この地の住民はおもに農業や牧畜を営んでいた。1858年の夏、ドーヴィルを訪れたナポレオン3世の異父弟で資本家のモルニー公爵は、「優雅な王国」(Royaume de l'elegance)を創立することを構想した。モルニー公爵は、金融資本家や建築家などの協力を得て4年で町を形成、1860年代にはすばらしい建物や競馬場を建設した。20世紀初頭には、高級リゾート地となった。この地には都会から多くの人々が集い、社交界が移動してきたかのようだったという。1920年代にカンヌ、ドーヴィル、ヴェネツィア、パリなどに滞在したヴァン・ドンゲンは、本作品で、1912年創業の最高級ホテル「ノルマンディー・ホテル」の内部の光景を描いている。このホテルの隣には、同年に開業したカジノもある。 1913年、家族とともにはじめてドーヴィルを訪れたヴァン・ドンゲンは、この町をとても気に入り、この年以降、しばしばドーヴィルに滞在した。パリの社交界の人々の肖像画や夜の風俗的な一場面を描いている。このホテルの天井の高さを強調する2本の太い円柱の合間にみられる。椅子に座る着飾った男女や画面右端の制服を着たホテルの従業員などの細部は、繊細な色彩と洒脱な線によって描写され、洗練されたリゾート地の雰囲気をかもし出している。(『モネと画家たちの旅』図録、2007)