安井は風景画や人物画に加え、静物画も数多く描いた。なかでも花はよく取り上げられたモティーフのひとつであり、とくに薔薇を好んでいたようである。「花そのものの変化ある形の美しさにいつも感心」したという言葉から、形態の面白さで薔薇を取り上げていたことがうかがえるだろう。本作品には1954年(昭和29)の年記が入っており、死の前年に描かれた最晩年の静物画のひとつであることがわかる。同じ年に安井は神奈川県の湯河原に居を移し、身近な物や家族、アトリエから見える風景などを描いていたという。安井の薔薇といえば桃色や薄紫色をふんだんに使った、あざやかな色彩が特徴であるが、本作品にはそういった明るさはなく、暗く重苦しい色彩がするどく心に迫る。 白地に黒の掻き落し壺に、赤、黄、薄桃色の13本の薔薇が活けられている。磁州窯のものと思われる花器のダイナミックな文様と、大輪の薔薇のあざやかな色彩のコントラストが、薄暗い背景から浮かび上がるように見える。葉の部分などに引かれた太い黒の輪郭線が、平面性を付加し、より装飾的な画面構成へとつながっている。生花のあざやかな色彩と壺の図案化された花の文様との対比が、生と死を暗示しているかのようだ。また、形態に目をやると、壺の大きく膨らんだ肩の部分は左右非対称に見える。形の歪みはときとして不安感をもたらすものであるが、しかし、それは安井が意図した「デフォルマシオン(変形・強調)」なのであった。「その物体それ自身の均衡をもデホルマシオンによって求める」と自著『画家の眼』で語っているように、構図は傾くことで均衡を保っているのである。