ダリはスペインのカタルーニャ地方の小さな町フィゲラスに公証人の次男として生まれた。マドリードに出て王立サン・フェルナンド美術アカデミーで学び、細密描写に興味を示す。ルイス・ブニュエルと共同制作したシュルレアリスム映画『アンダルシアの犬』を1929年にパリで発表した。ミロを通じてシュルレアリストたちと接触し、この頃フロイトの『夢判断』に影響を受けた「偏執狂的批評的方法」と称する手法を確立して複数のモティーフが重なり合う像を描きはじめる。1940年代に大戦を避けてアメリカに移住し、1955年にはスペインに帰国、版画の制作や宝飾品のデザインも手がけた。 ダリは、生来の想像力とスペイン芸術の伝統的リアリズムを背景にして、非現実的で幻想的な世界を描き出している。空には奇怪な雲が低くたなびき、あたりには午睡(シエスタ)の静寂が訪れている。ダリの心に棲みついたカタルーニャ地方のカダケスにある奇岩の岬と故郷フィゲラスのあるアンプルダン平野の風景が、この絵の舞台を形成しているのだろう。 建物や彫刻が影をのばし遠近法が強調された空間は、すでにジョルジョ・デ・キリコが描き出してみせたいいようもない不安と緊張で満ちている。大地に表層をのぞかせる灰色の岩は、雲の影が水面に映るように描かれ、見るものの意識下に不気味な生き物の姿を潜ませる。この沈黙を破り前景に出現しているのは、牙をむき出す獅子、横たわる女性の裸体、蹄を蹴りだす馬という3つの神話的な像が結合した、獰猛でエロティックな生き物である。 本作品は、ダリがシュルレアリスムの旗手としてパリで輝かしいデビューを遂げた翌年の1930年に制作された。ダリはこの年、詩人ポール・エリュアールの夫人であったガラと出会い結婚している。この絵の怪物の足元に小さくガラの名が付されており、本作品は生涯の伴侶となる女性に捧げられている。