華やかな赤いドレスを纏い、花束を抱えて座る本作品のモデルのルネ・ファルコネッティ(1892-1946)は、パリの大衆演劇の舞台女優であり、デンマーク生まれの映画監督カール・T.ドライエルの映画『裁かるるジャンヌ』(1928年)の主演女優である。ドライエルは、偶然、軽喜劇に出演中の彼女を目にし、この映画の主役に抜擢したという。この映画は、ジャンヌ・ダルクが裁判を受け、異端として裁かれるまでの1日を追ったものであり、人物のクローズ・アップによる心理描写を特徴としている。この作品には若い司祭役で詩人アントナン・アルトーも出演、撮影は18ヵ月かけて行なわれ、1928年に封切られたが、興行的には失敗に終わった。 キスリングはパリの社交界の人々と交遊し、肖像画を数多く制作している。本作品にみられる、透明な、そして憂いを湛えた眼はキスリングの描く女性に特徴的な表現であるが、尖った顎、黒い髪、高い鼻に曲線を描いた眉などは、ファルコネッティの容貌の特徴をよくとらえている。