渡仏後1年近くが経過した1924年(大正13)12月、佐伯はパリ近郊のクラマールからモンパルナス駅南のシャトー通りのアトリエに移転した。この辺りは古き良きパリの雰囲気が残る下町であり、ここを拠点に佐伯は《アンドレ ド リュー ド シャトー》(1925年頃、ポーラ美術館)など、数多くの傑作を生み出した。本作品は、シャトー通りとディド通りが交差する、パリ14区のモロ・ジャフェリ広場を描いたものである。冬のパリに特有の鉛色の空の下、多くの人々が行き交う広場の反対側に、大きな建物が描かれている。建物の白い壁や歩道の石畳は、重厚な画肌によってどっしりとした存在感を示し、人物や木立、建物の輪郭や窓などは、素早く荒々しい筆使いで線描きされている。佐伯はこの作品で、先を急ぐ人々の息づかいと広場に漂う冷たい空気を、見事に表現している。