ルノワールは、最初に感動を覚えた絵画として、18世紀フランスの画家フランソワ・ブーシェの《ディアナの水浴》(1742年、ルーヴル美術館、パリ)を挙げている。「水浴する裸婦」は古来、表されてきた主題であり、伝統に対するルノワールの強い意識をうかがうことができる。1860年代後半からモネとともに印象派の手法で描いたが、やがて行き詰まりを感じたルノワールは、1880年代初頭のイタリア旅行を機に、この主題に本格的に取り組むことになる。本作品はその頃に制作された1点である。
全身像で表された裸婦の身体は、ハイライトと細やかな陰影により量感がもたらされ、浮彫りのように描かれている。身体の向きがわずかにねじれ、動きが生み出されている点は、古代ギリシアやローマの彫刻に典型的な身体表現にも見られ、ルノワールが伝統的な造形を重視して参照していたことがわかる。
一方で、草木を描いた背景は、筆触がやわらかく重ねられ、白で淡く暈ぼかされた調子が随所に見られる。地平線が高い位置に設定されていることで、せり上がった地面や背景は裸婦を穏やかに取り巻き、包み込むような印象をもたらす。同じ年に発表された《大水浴》(1884-1887年、フィラデルフィア美術館)は、硬い輪郭線で描かれた裸婦群像と周囲の自然とが分離した印象を展覧会の観衆に残すことになったが、本作品ではより調和を作り出す意識を見てとることができる。