ナタリー・ド・ゴルベフの肖像

  • 作家名 オーギュスト・ロダン
  • 制作年 1905年頃
  • 技法・素材 大理石
  • サイズ 高さ: 71.9 cm
ロダンは、若い頃より家族、友人など身近な人々の肖像彫刻を制作している。肖像彫刻の場合、写真などの二次的資料では生命力が欠けるとして、常にモデルにポーズをとらせた。1900年以前には、ロダンは女性の肖像彫刻を制作したことはなかったが、1900年にアルマ広場で開催された展覧会以降、肖像彫刻制作の注文が殺到した。  大理石の女性の肖像が多いのは、この《ナタリー・ド・ゴルベフの肖像》にみられるように、大理石の肌理と光沢が、女性のすべらかな肌や衣服のやわらかな襞を表現するのに適していたからである。ロダンは大理石の彫りを多くの石彫り工に任せていたが、本作品はロダンの助手を務めていたアントワーヌ・ブールデルが彫ったものである。  ナタリー・ド・ゴルベフ(1879-1941)は、ロシア出身でヴィクトール・ド・ゴルベフ伯爵(1879-1945)の夫人。ヴィクトールはインドシナ美術の研究者で、ハノイの極東学院の教授を務めた人物である。ナタリーは文筆家であり、ドナテッラ・クロスという名で翻訳も手がけた才媛で、イタリア人の作家・詩人のガブリエーレ・ダヌンツィオ(1863-1938)と恋愛関係にあった。自分の胸像を見たナタリーがロダンに書き送った次のような言葉からは、彼女がその出来栄えに満足し、ロダンに賞讃と感謝の念を抱いていたことがうかがえる。「私をもとにしてこのような胸像をつくってくださったのだ、という自惚れを押し殺すように苦労しなければなりません」。「あなたが私をもとにつくってくださった、所有しているのが今でも夢のような、この理想的な肖像にふさわしい人になるよう、できる限り努力するつもりです」。