「海に因む十題」、「山に因む十題」からなる「海山十題」と呼ばれる連作20点のうちの1点。大観71歳の1940年(昭和15)、自らの画業50年を記念して描いた作品である。そしてこの年が皇紀二千六百年にあたることから「彩管報国」(絵筆[彩管]を執って国に尽くす)を意図し、新作であるこれら20点を1940年(昭和15)4月3日から7日までの5日間、「海に因む十題」を東京・日本橋の三越、「山に因む十題」を東京・日本橋の髙島屋の二会場に分け展観、その後大阪でも展示した。展覧会に先立つ3月24日の内覧会で既に全点が完売し、1点2万5千円の売り上げ総額50万円は、会期中4月4日に陸海軍にそれぞれ25万円ずつ献納された。展覧会終了後の5月6日には陸軍の爆撃機・戦闘機4機に「大観号」と名づける献納命名式が、9月15日には海軍への献納式が行なわれた。その後これら20点はそれぞれに所蔵先を変え、あるものは所在不明となり「幻の名画」と呼ばれ続けた。 本作品は、「山に因む十題」の中で「秋」を描いており、10点の中で最も色彩ゆたかな作品である。前景に白砂と青い流水、中景に薄(すすき)、女郎花(おみなえし)、桔梗(ききょう)、楓(かえで)などの秋草と、点々とした松ぼっくりや幹の苔までを細かく描写した青松を、そして後景に富士を配した構図で、日本の秋を象徴する風物を織り込み、理想郷を造り上げている。白い綿のような穂を揺らしているすすきの柔らかな質感が印象的であるほか、すすきの原の間に点々と顔をのぞかせるおみなえしの黄色、桔梗の紫、楓の朱色が華やぎと彩りを加え、琳派風に装飾化された流水の群青も鮮やかに目にうつる。最も奥に描かれた富士は初雪を冠し、稜線はすっきりと描かれ、清澄とした霊峰の存在感を強めている。 なにより、遠近法に則らない空間表現がこの作品の様式的な美しさを際立たせており、大観自身「ほんとうの芸術は遠近法では出来ません。それを超越したところから芸術は出来るので、遠近法に縛られていては出来ません」。と語っている。